喜多川泰のLeader’s Village Vol.212号です。
学生時代から講座や講演などによく来てくれる人で、今は仕事でカメルーンにいらっしゃる方がいます。その方が発信している通信「まなさん通信」の情報が日本と違いすぎていて面白い。
例えば、
「アイロンがけって何のため?」
ということ一つとっても、日本とカメルーンでは大違いなんですね。
日本でアイロンがけといえば、シワを伸ばす身だしなみのためのひと手間ですが、アフリカでは『命を守る大切なプロセス』なんですって。
洗濯物を外干しするとハエがやってきて服に卵を産みつけてしまう。そのまま服を着ると皮膚病やその他の疾病を引き起こす可能性もあるらしく、それを防ぐためにもアイロンの熱で殺菌が必須ということをカメルーンでは一般教養(生活課)の授業で衛生教育の一環として学ぶんだそう。
国や地域が違えば生活の中の「当たり前」が変わるということですね。
それを無視したら幸せになれない。それどころか命の危険すらあるということでしょう。
最近読んだ本では青森にある縄文時代の遺跡「三代丸山遺跡」にある六本柱は、柱どうしを結ぶと春分・秋分の日、夏至、冬至の日の出、日の入りの太陽の方角がわかると説明していました。それまでは遠くの敵を発見するための物見櫓的な使われ方をしていたというのが定説だったらしいけど、それが太陽の方角を知るための施設、つまり季節を知るための施設だったとなると、役割的にはまったく異なることになります。
同じように古代に太陽の登る方角を知るために作られたとされるものとして、ストーンサークルがあるけど、これらは先ほどの青森県をはじめとして、世界中どこでも北欧などの緯度が高い地域にしか存在しないらしいんですね。
赤道直下の南国に住む人たちは太陽がどの位置から登るかということに敏感である必要がなかったのでしょう。一方で、緯度が高い地域では、どのタイミングで冬支度をしなければならないのかを知ることは死活問題だったということは想像に難くない。
そう考えると、自分が生きている地域の「当たり前」を知るということは、その地で生きていく上でとても重要なことだと思うんですね。
今は一日もあれば、世界中どこへでも移動できて、人の行き来や情報の伝達も速く膨大ですから、「幸せとは?」や「なぜ働くのか」といった労働観、経営方針、社会構造、そして人生観や死生観などあらゆる面で、他国の「当たり前」を取り入れて、自分の都合に当てはめて生きようとしてしまいますが、やはり自分の都合ではなく「日本」だからこその「当たり前」を大事にしたほうが、日本での生活は幸せになれると思うんです。
というわけで今週のテーマは
「大和心で生きるとは?」
行ってみよう!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この記事は約
NaN 分で読めます(
NaN 文字 / 画像
NaN
枚)