Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2026/05/25 第815号
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今週の目次
○「はじめに」
○「もやもやを固めるための言葉」
○「文章を書くときのシステムプロンプト」
○「Obsidianの役割縮小」
○「おわりに」
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○「はじめに」
ポッドキャスト、配信されております。
◇BC139『ケアと編集』と『遊びと利他』 | by goryugo and 倉下忠憲@rashita2
https://bookcatalyst.substack.com/p/bc139-06b
今回は倉下が「二冊テーマシリーズ」として、『ケアと編集』と『遊びと利他』 の二冊を取り上げました。この二冊は、現代の"効率主義"や"目的主義"への抗いとしてとても有用な示唆を与えてくれる良書です。
よろしければ、お聴きください。
〜〜〜進むイメージ〜〜〜
もう二年近く原稿が進んでいないわけですが、そうなるとどうなるかと言えば「原稿が進む」というイメージが持てなくなります。
ただしそれは、絶望して何も手につかなくなる、といった袋小路ではありません。作業はできるのです。でも、どれだけ作業しても「進んだ/進んでいる」という感覚が持てなくなる。そういうタイプの袋小路です。
タイヤが地面に接していないせいで、アクセルを踏み込んでも空回りになる、という状態が近いかもしれません。これは結構メンタルにきます。
最近になって、ようやくその感覚が収まってきました。どこかの地面にタイヤが接地したのでしょう。では、どの地面なのかと言えば、やはり「全体のアウトライン」です。
大きな枠組みとして、自分は何を言わんとしているのか。
原稿が停滞し、内容をいじり回していた間に、その「枠組み」が壊れていました。何もないのではありません。ありすぎるのです。すべてのタスクの優先順位が「最優先」なら何も優先されていないのと同様に、「あれも、これも」と詰め込まれたものはコンセプト足りえません。
でもって、私がずっと作業していたのは、その「あれも、これも」のどこかにはひっかかる作業だったのです。だから、関連する作業自体はできていても、何かが進んでいるという感じが持てませんでした。そもそも「前」がどちらなのかわかっていないのだから当然です。
世の中にはわかりやすい形のトップダウン批判がありますが、「トップ」は必要なのです。あるいは「ビジョン」と言い換えてもいいです。それがあるからこそ、「進んでいる」という感覚が持てます。
というわけで、あらためて「ビジョン」を固めていこうと計画中です。それはつまり、いろいろ浮かんできたコンセプトの断片を、ことごとく捨てていく作業でもあります。
〜〜〜食材と料理〜〜〜
野菜がいろいろ残っていたので、今日はたっぷり野菜の和風パスタにしようと準備を進めていたところ、冷蔵庫の奥に賞味期限ぎりぎりのモヤシを見つけました。
パスタとモヤシ。