3・11である。
三陸沖に住む人々にとっては、やっぱり特別に何かを思う日なのじゃないかなと思う。
2011年3月11日、あの未曽有の災害は起きた。
東日本大震災である。
私は以前から、自分のアメブロに(今も続いている、ウマとニャンコとオットとワタクシ)当時のことや思いを書いたが、10年を過ぎた頃からもうあまり考えないように努めていた。
どうも……なんというか、苦しくなるんである。
震災直後から数年間は、あまり目を背けられない空気があり、そこに住まう者は一生懸命生きなければならなかった感があった。
避けたい人やあまり考えたくない人、いたと思うんだけどね。
私はいくつかのお別れがあり、同時に出会いも生まれてきたのだけど、2011~2013くらいまでの間は、なんだか親戚間や知り合いの中でも、言いたくはないが「格差」というか「生き残りの差」というか「支援の差」みたいなのが浮き彫りになってきて、人間の奥底みたいなのを否が応でも見せつけられて、そっちの方もずいぶん堪えたのを覚えている。
だから、私にとってはやはり、いまだに「無意識に」この日は少し苦しい。
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