No.720 (2026年03月15日発行)
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鈴木傾城の「フルインベスト」メルマガ編
当時、満鉄株は最強の企業だった。配当8%の超エリート国策企業がゼロになった日
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私の目の前に古い一枚の株券がある。「南満州鉄道株式会社」と書かれた株券だ。10株券金五百圓と記されている。設立登記、明治39年12月7日、資本増加登記、昭和8年12月27日。
実は私の祖父は満州で公務員をしていた関係で満州鉄道の株式も保有していた。
「南満州鉄道株式会社」は戦前の日本が誇った超巨大企業であり、通称「満鉄」と呼ばれていた企業である。大連市を核として中国本土で広大な事業を展開し、満州国の中核を為す企業でもあった。
南満州鉄道は、1906年に設立され、日本の帝国主義的な政策に基づき、満州地域を日本の利益のために統治するための重要なインフラストラクチャーとして建設された。南満州鉄道は、満州地域における輸送業務の独占を目的としており、同時に地域の開発や経済の発展にも大きく貢献した。
南満州鉄道は、日本軍が満州事変を引き起こした後、満州国の成立と共に、満州国と一体運用されることになった。
その後、南満州鉄道は、日中戦争において日本軍の輸送業務に重要な役割を果たしたのだが、敗戦と共に満州国は崩壊、そして満州国の中核であった満鉄の株式は実質的に無価値となった。
当時、満州国の株式を持っていた日本人の資産家は終戦で文字通り何もかも失った。
満州鉄道は当時、エリート中のエリートが就職するところだった。家訓に「満鉄の株だけは売るな」と言われたほど安心安全な政府の保証する国策会社だった。しかし、その「つぶれるはずがない」会社は、大日本帝国と共に散っていった。
国債や軍票や満鉄が紙切れになったばかりか、日本政府はそれに追い打ちをかけるように昭和21年2月17日には預金封鎖を行い、さらに新円切替を行っている。当時の日本人は「国も資産も吹き飛ぶ」という未曾有の体験をしていたのだ。
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