メルマガ ジャーナリスティックなやさしい未来----2026年2月25日 第640号
イタリアで行われたミラノ・コルティナ冬季五輪が閉幕した。
アスリートのパフォーマンスに感動すると同時に、その健闘や演技を称え合う競技者の姿が印象的だった。
それは現場を映し出すカメラがアスリートに近づき、緊張する面持ちや競技後の弛緩する表情が協議をめぐるドラマを演出してくれたようにも思う。
五輪期間中、インドに滞在していた私にはインドのメディアを通じて得られた情報は1つもなかった。
インドのスポーツニュースは冬季五輪には無関心で、クリケットの話題ばかりやっていたから、五輪情報は日本経由のネットでのニュースに頼るしかなかったが。
結果として、日本選手団は金5、銀7、銅12のメダル計24個を獲得し、高いレベルでの競技の観賞という楽しみも感動につながっており、それはメダルという期待と表裏にあるもので、アスリートには重圧にもなったことだろう。
冬季五輪の重圧を考える時に思い出すのが1984年のサラエボ冬季五輪だ。
1980年に社会主義国として初めての五輪開催となったモスクワ大会は、ソ連のアフガニスタン侵攻への抗議を名目として米国はじめ日本がボイコット。
この記事は約
NaN 分で読めます(
NaN 文字 / 画像
NaN
枚)