保手濱です。
大変に良い反響を頂いたので、
今回も、前回に引き続いてのお話をします。
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<前回メルマガ>
◯真理探究塾|第35号|保手濱彰人の世界探訪
https://mypage.mag2.com/ui/view/magazine/164934478?share=1
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同じく上記以降の、メンターの中川瑛先生との、セッション内容の続きになります。
人生が大きく変わる、今の段階で私がもっとも聞くべき、
「凄まじい話」だったと感じております。
また、前回の内容への、素敵なコメントを、Nさんという方より頂いているので、
了承の上で、以下ご紹介させていただきます!
(細かく読んでいただく必要はなく、雰囲気だけ掴んでいただければ、その後の話に入り込みやすいと思います)
↓
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保手濱様
いつも学びの深い配信を本当にありがとうございます。
今回も大変興味深く拝読させていただきました。
他者への理解や受容、愛情や尊重といった話を伺って、
自身の20代前半のころ、同じようなことで悩んでいたのを思い出しました。
私は当時、飲食企業に勤めておりカフェ業態の店舗で働いておりました。
そこでは「利他の精神をもって接客をしよう」といった価値観がありました。
飲食企業としてはなんら珍しくなく一般的な価値観かと思います。
しかし私はどうしても利他の精神を心から持つことができませんでした。
人のために何かをしたい、という動機ではなく、
それによって自分にどんな影響があるかが主な動機でした。
長くなってしまうのでそれによる葛藤の部分とかは省かせていただきまして笑、
ある日、利他的に見える人も結局は自分のためや、自分の信念に基づいて行動しているんだ、
(相手のために何かをして喜んでくれると、最終的に自分がうれしい的な)
と気づいてから、純度100%の利他精神というのは存在しないのではと考えるようになりました。
それは「無償の愛が存在する」というフィクションに気づけたことと近かったと思います。
同時に、「利他の精神」、つまり「愛情」による行動ではあるが、そこに「尊重」が欠けるような瞬間も確かに多く見てきたなと思い返しました。
最後に、今回の話を受けて考えたことの一つとして、主に恋愛関係において
「自分に気づかれなければパートナーが浮気をしてても気にしない」
という価値観を持っている方が社会には一定いらっしゃるかと思います。