2025年 第22号
【長尾和宏の痛くない死に方】
おはようございます。日差しが夏めいてきました。少し汗ばむけれど、まだそこまで暑くない。風が気持ちいいこの季節が、大好きです。
令和になって7回目の夏が、始まろうとしています。今年のはじめに休刊となってしまった、タブロイド紙に僕が書き続けた連載【ドクター和のニッポン臨終図鑑】に大幅加筆を加えた新刊【令和の死に方】が、おかげさまで好評です。
令和に旅立った大スターたちの生き方と逝き方を、大いなるリスペクトをもって、まとめた本です。その本の新聞広告が掲載された6月4日の新聞の一面トップに、長嶋茂雄さんの訃報記事がありました。昭和のレジェンドがまたひとり・・・寂しいねえ。享年89。
「野球の神様にもっとも近い男」──そう讃えられ、現役時代から引退後も、私たちに夢と希望を与え続けた長嶋さん。彼の現役時代の姿を見て、僕ら世代は、一度はプロ野球選手になりたいと夢見たものです。
2004年、長嶋さんは脳梗塞で倒れました。
緊急搬送された後、彼を待っていたのは、言葉をうまく話せない失語症と、右半身の麻痺という現実でした。それまで颯爽と歩き、流暢なスピーチで人を惹きつけていた“ミスター”の肉体が、一夜にして変わってしまったのです。けれど、長嶋さんは「復帰」をあきらめませんでした。
入院先のリハビリ病院では、1日3回、専門スタッフによる訓練。
立ち上がる練習、歩く練習、スプーンを握る練習、そして言葉を紡ぐ練習──。
退院後も、専用のトレーニングルームを自宅に設け、80歳を超えてもリハビリに励んでいたといいます。
以前、東京・初台にあるリハビリテーション病院に見学に行ったとき、「この最上階に長嶋さんがいるんですよ」と入院患者さんたちが誇らしげに教えてくれたことを覚えています。
「努力しているつもりはないんです。僕は、ただ“元の自分”に会いたいだけなんです」
──リハビリ中の取材に長嶋さんは、こんなことを仰っていました。
「元の自分に会いたい」。
この言葉に、心を動かされた方も多いのではないでしょうか。長嶋さんの回復への意志は、同じように闘病と向き合う多くの人にとっての希望となりました。
現在、日本では年間約30万人が脳卒中を発症しています。その6割以上が65歳以上。
「元の自分」に戻ることは大変難しく、骨折や認知症などが、脳卒中の後遺症として次から次へと「新しい自分」を受け入れることにもなるかもしれません。
しかし、少しでも元の自分に近づきたい。そのためには、頑張ってリハビリを続けるしかないのです。
では、今どのくらいの人がリハビリを受けているのでしょうか?
厚生労働省の統計によれば、全国の病院や施設で、理学療法・作業療法・言語療法などのリハビリテーションを受けている人は、年間延べ約1億件(※2022年度)。つまり、日々何十万人もの人々がリハビリを通じて「再び生きる力」を育てているのです。
特に注目されているのが「回復期リハビリテーション病棟」と呼ばれる専門施設の存在です。
これは、脳卒中や骨折などで急性期治療を終えたあと、**退院までにしっかりと機能回復を目指すための“中間の病院”**です。
全国には現在、約1500以上の回復期リハビリ病棟があり、ここで入院リハビリを受けることにより、自宅復帰や介護施設への移行がスムーズにできるよう支援されています。
特筆すべきは、年齢を理由にあきらめさせない方針です。
「もう80代だから…」という考えは昔の話。現在の医療は、何歳からでも回復を目指せる時代になりました。
医師や看護師だけでなく、**理学療法士(PT)・作業療法士(OT)・言語聴覚士(ST)**といった専門スタッフがチームとなって、生活のすべてを取り戻す手助けをします。
リハビリ病院は、単なる“治療の延長”ではありません。人生を再構築する「もうひとつの出発点」なのです。
しかし──
こうした施設や制度の存在は、意外にもまだ一般には十分知られていません。
例えば、ご家族が病気で倒れたとき、「もう自宅に戻すしかない」と思ってしまう方も多いのですが、回復期リハビリ病棟の紹介は、急性期の治療後すぐに検討することが肝心です。
また最近では、外来で通う「通所リハビリ(デイケア)」や、訪問型リハビリテーションも増えています。
地域包括支援センターや病院のソーシャルワーカーに相談することで、自分に合った支援がきっと見つかります。
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