それにしたって、富山というところは味わい深く、素敵な街だ。
普段は東北に生息し、10代の頃に海外やそれなりの旅はしたけれど、今となってはめっきり外に出なくなった私にとっては、実に刺激的だ。
立山連峰が見たくて、それも富山に行ったキッカケのひとつだったのだけど、アートギャラリー受付のおばちゃん曰く「それがねえ、晴れてれば必ず見られるってわけじゃなくてね。こっちに住んでる私たちも、テレビで見るようなきれいなシーンはなかなか見られないのよ。
年に20回くらいかな、ちゃんと見えるのは」だそうで、そうか、晴れてれば必ず見られると思っていたけどやはり自然は様々な意味で雄大なのだな、と思う。
いろんな条件が重ならないとハマらない。まるで、競馬のようじゃないか。人生そのものじゃないか。立山連峰の息を呑むあの大地のすべてのような景色を目に焼き付けるのは、次の機会に取っておこう。
それにしたって、「へー、ワカちゃん富山行くの?あの立山連峰ってさ、いつ行ってもスゲーんだよ。まるでこう、壁みたいにダーンってあるんだぜ。いつ行ってもスゲーの、立山連峰」と飄々と言っていたのは、我が氏神さま、愛宕神社の宮司である。
一体なぜ、あのお方は「いつ行ってもちゃんと見える」のだろうか。
そんなに富山に行くのだろうか。地元の人でもめったに見られないって言ってるのにも関わらず、いつ行っても見える……OH~NO~オーノーノーイーモーコー。
あの人はそういう人なのさ、baby。たまたま入った店で、「祝・入店1万人目」とかに当たりそうなタイプだ。適当に勝った馬券が、万馬券になるタイプだ。
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