池田清彦のやせ我慢日記
/ 2025年3月14日発行 /Vol.283
INDEX
【1】やせ我慢日記~昆虫の保全と標本の保存~
【2】生物学もの知り帖~社会的なコミュニケーションによっても腸内細菌叢は共有される~
【3】Q&A
【4】お知らせ
『昆虫の保全と標本の保存』
最近、野山の昆虫が激減している。統計を取っているわけではないが、減少が激しいのは草原の蝶と里地里山の蝶だ。昆虫愛好家にとって蝶は目立つので、すごい勢いで減少していることが実感できる。あまりポピュラーでない昆虫のグループも実は激減しているが、そのグループに興味を持っている愛好家以外は探したり、採集したりしたことがないので、目につかないのだ。昆虫などに全く興味がない都会人は、だから、昆虫が激減していると言っても「あら、そうなの」というだけだ。最近急激に増えている虫嫌いな人(insect phobia)は昆虫などこの世から消えてくれた方がありがたいと思っているかもしれない。
しかしこの世から、すべての昆虫が絶滅すると、虫媒花も絶滅して、食料が足りなくなり、人類も存亡の危機に立たされないとも限らない。生き物は生態系の中で持ちつ持たれつの関係を保っているので、存在するものは存在していた方がいいのだ。慶應義塾大学名誉教授の岸由二が「生物多様性とは生物の賑わいのことだ」と言っているように、生態系も様々な生物で賑わっている方が健全なのだ。
ところでなぜ、昆虫が激減しているのか。日本における最も大きな原因はネオニコチノイド系の農薬の無限定な使用である。日本では1993年から水田などで使用され始め、宍道湖ではこれを境にウナギとワカサギの漁獲高が激減した。これはエサとなるミジンコやオオユスリカなどがこの農薬によって殺されたせいだと考えられている。ネオニコチノイド系の農薬は昆虫をはじめ節足動物の神経系に作用する殺虫剤で、EUでは2000年代初頭から使用を規制する動きが始まっており、アメリカでも州によっては規制の動きが強まったが、日本では残留基準値を緩めるなど、世界の動きに逆行した政策を取っているため、昆虫の個体数の減少が止まらないのだ。
他にもiPhoneで使われる5Gが昆虫のカルシウム代謝に作用して、概日リズムと免疫系を阻害するという研究もあり、昆虫はこれからも減り続けるに違いない。携帯電話の使用を止めるのは難しいかもしれないが、ネオニコチノイドの使用規制は可能なので、今やめれば、昆虫の減少を多少は止められるだろう。
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