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『惟神に生きる』2025.2.20号【新年特別号】

惟神に生きる
  • 2025/02/20
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 前号では、道教においては神と崇められる老子の言葉と、イエス・キリストの処刑時のその姿に共通して高らかに響き合うものがあることをお話し致しました。  より具体的には、老子の『国の辱めを一身に引き受ける人こそ、その社稷の主と呼ばれる。国家の災厄を引き受ける人こそが、天下すべての王と呼ばれる』という言葉と、  イエス・キリストが重い十字架を背負い処刑地まで歩く途中、そして十字架に磔にされた後も、沿道の者や周囲の見物人たちに国家に反逆し失敗した愚か者として見せ物にされ、罵りと嘲りを受け、更に、磔される時には衣服を剥ぎ取られ、人前で裸にされると言う恥辱を味わいながらも、そこから逃れる術・能力があるにもかかわらず、あえてその痛みを、刑を甘受した姿、そして十字架上でその時に放った、世につとに知られる言葉である「父よ、彼らをお許し下さい。彼らは何をしているのかわからずにいるのです」に顕れています。     繰り返しになりますが、また前号でもお伝えした様に、キリスト自身はその霊的な力によりゲッセマネの園において捕縛されることからも、十字架に磔になった後にもそこから逃れる術・能力があるにもかかわらず、あえてその痛みを、刑を甘受したのです。  いったいそれは何故でしょうか?

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