前回は新年特別号として、道教では『神』として崇められる老子の『国の辱めを一身に引き受ける人こそ、その社稷の主と呼ばれる。国家の災厄を引き受ける人こそが、天下すべての王と呼ばれる』という言葉には、その底流にイエス・キリストと共通するもの、響き合うものがあることをお伝え致しました。
そして、これをもとに皆様に新年早々の再びの宿題として、じっくりと時間をかけてこの言葉に想いを馳せ、考えるともなく考えるよう提案致しました。
皆様どの様に感じられたでしょうか?
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