「217号」
__________________________________________________________________
小西昭生のアクエリアスの時代を「明るく軽やかに生きる法」
~神の手ほどき~
2025年1月16日号
__________________________________________________________________
第217号:「絶対という掟(おきて)」
=============
目次
【まえがき】このメルマガについて
1.神の絶対性
2.道徳・倫理を超える
3.人間には甘えがある
4.まとめ
【あとがき】
=============
《今回のフォーカス》
読者の皆様、いつもご愛読いただきまして、ありがとうございます。
2025年3回目のメルマガ配信です。
今回のテーマは、「絶対という掟(おきて)」です。
前回、心が清いというテーマでお送りしました。
心が清い人は、心が清まった人ということです。その意味は、神の絶対性に素直に従うことが出来る人です。
端的に言えば、人間という意識を捨て、神に全面的に心を明け渡すことが出来た人です。
そういう人は、人間が考える社会の中での道徳規範や、良心に委ねられている倫理観を持ちながら、更に内面が人間意識を超えているのです。
なぜなら、社会規範や個人の倫理観には属さない、非常に大局的かつ現実的な御方こそ神だからです。
人間という姿形をしているから、人間的なことが少しはあっても良いのではないかという想いは、神から見れば、「非常に甘い」のである
あなたが、今生での悟りを目指すならば、自分から甘さを排除していかなければならない。
この最後の詰めを誤る人が非常に多い。わずかな誘惑に負けて、目の前まで来ていた悟りの一線を超えることが出来なかった人間は数知れずいる。
一番の障害は、「お金と異性関係」である。
「欲望はヤミ・希望は光」という識別力を、いかに養うかが問われるのです。
この記事は約
NaN 分で読めます(
NaN 文字 / 画像
NaN
枚)