「212号」
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小西昭生のアクエリアスの時代を「明るく軽やかに生きる法」
~神の手ほどき~
2024年12月12日号
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第212号:「忙中閑あり」
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目次
【まえがき】このメルマガについて
1.神我は実在・自我は存在
2.苦悩は外から引き寄せた結果
3.忙中閑あり
4.まとめ
【あとがき】
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《今回のフォーカス》
読者の皆様、いつもご愛読いただきまして、ありがとうございます。
今回のテーマは、「忙中閑あり」です。
師走という言葉の響きに、幼いころからの刷り込みが内在しています。
周囲の人が、忙しそうにしている様子も目にするので、その波動も記憶されます。
経済活動に携わる人は、一年の決算数字を上げるために奔走します。
年明けの正月を、お芽出度い気分で迎えようとするために、年内にやるべきことを片付けてしまおうとする自我の働きのあらわれです。
それらの悉くは、仮相世界の出来事なのです。
外界が、幾ら喧騒の中にあっても、一人ひとりの裡側には、厳然と「キリスト神我・神我キリスト」が、実在しています。
「神我」は、創造主=神の一つの意識が、個別化しているだけであって、一人ひとりが神我に気付くと、お互いに「なんだ、同じじゃないですか!」と気付くのみです。
人に内在する「神我」を覆い隠しているのが、心に形成される「自我」なのです。
自我は、人間の五感の感覚が蓄積された結果であり、自我の記憶は、あなたの死と共に消えてしまいます。
自我を取り払う作業を行えば、「神我」が顕れるのです。その単純な作業をするのに、いかに多くの人が難行苦行していることか。
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