今回も引き続き、修行にまつわるテーマを探究していきたいと思います。
おさらいとなりますが、前号では「生命とは何か」というテーマの探求に関連して、あらゆる「生命体」に共通している主な特徴は何かというと、それは、「動き」「モーション」であること、あらゆる「生命体」は動いていて、逆に言うならば、「動き」「モーション」なしには、私たちは「生命体」を理解出来ないことをお伝えいたしました。
そして、従来の主流の伝統的な科学、サイエンスと言われるものは今日に至るまでに、端的に言うならば、以下の2点に集約される様な科学的真理、真実を発見していることをお伝えいたしました。
1点は、存在するものは、すべからく「フォーム」、即ち、「形を有する」ことです。
もう1点は、先述した様に、「動き」「モーション」です。あらゆる「生命体」は動いてることです。「動き」「モーション」は、「形を有する」「生命体」の基本原理なのです。
これは確かにその通りで間違いありませんが、しかしいまだ真理の一部分である、としか言えず、相対的な真理にしかすぎないこと、つまり、絶対的真理が依然として解明・発見されておらず、未だ隠れている状態であることをお伝えいたしました。
あらゆる生命の現象には、それを生じせしめた原因があるのです。
伝統的な主流派の科学と言われるもの
が成し遂げたもの、その功績は確かに小さくはなく、大いに敬意を表すべきものであることは間違いありません。しかし、未だ生命の本質に踏み込んでいるとは言えないかと思われます。
彼らは五感をフルに活用し、最新の機器を用いながら、人間や他の動物、他の生き物の肉体、物質的な身体や、或いはそこに属する部分、細胞等を検査し調べているのです。つまり、生命そのものというよりは、生命の現象を調べていると言えるでしょう。
すなわち、「形を有して生きているもの」「形を有する」「生命体」は、あくまでも生命の現象であって、生命そのものではないのです。
別の言葉で言うならば、『生命の現象とは、生命の表現』なのです。
では、一体生命とは何なのでしょうか?
これを解明するためには、私たちは生命の現象や、その主な特徴とも言うべき「動き」「モーション」にだけとらわれるべきではありません。
さらにその奥底、真奥をよりクリアーに見通し見抜く必要があるのです。
ここで突拍子もないようですが、生命とは、その表現としての生命の現象を越えて、インテリジェンス、つまり知性を持っているものなのでしょうか?
この知性、インテリジェンスとは何でしょうか?
よく私たちは、ある人が正しい思考をして、何か(相対的)真理の一面を理解したときに、その人は知的である、インテリジェントであると言う表現をします。しかしこの種の知性とは、生命の現象の一表現にしか過ぎません。とても限定的なものであり、且つ異なる次元、より高い次元から見たときに往々にして間違いであることも少なくありません。どのような知的な人も間違いを犯します。
他方、私たちを取り囲む、生命の現象を見てみてください。アメーバから銀河、宇宙まで、そこには整然とした秩序があるのです。生命の現象は、すべからく特定の法則に従っているのです。
生命に知性、インテリジェンス???
何やら訳が分からなくなって、混乱しそうです。
次号ではこの点を掘り下げて、生命とは何か?をさらに探求していきたいと思います。
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