「199号」
小西昭生のアクエリアスの時代を「明るく軽やかに生きる法」
~神の手ほどき~
2024年9月5日号
第199号:「心清きものは幸いなり」
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目次
【まえがき】このメルマガについて
1.悟りを伴ったハート
2.全面的なハートの清め
3.普遍的神我キリスト
4.まとめ
【あとがき】
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《今回のフォーカス》
読者の皆様、いつもご愛読いただきまして、ありがとうございます。
今回のテーマは、「心清きものは幸いなり」です。
聖書には、「心清きものは幸いなり」と書いてありますが、どうしたら「心清きもの」を実感出来るのでしょうか。
誰も、具体的に教えてはくれません。
なぜか?
それは、自分自身が「心清きもの」という意味を理解している人間がいないからです。
心が清いということは、自分のハートの裡が「神我キリストに満たされている」ということです。
神我キリストを自覚していることが大前提なのです。
その神我キリストを自覚するためには、表面意識である「心の状態が愛に満たされて」いなければなりません。
心が愛に満たされていれば、その人の日常は、愛に満ちた身口意で満たされています。さらに、神我キリストを自覚していますので、神を直知しています。
沈黙の美しさを、実践できていますので、周囲には争いが起きるはずはありませんし、あらゆる災難・苦役から解放されています。
様々なスピリチュアルを語る方法論が世の中に蔓延していますが、真実のスピリチュアルとは、神我キリストの把握以外に無いのです。
その神我キリストが、人類全体に「全一体」として内在していることを認めた時、あなたたち一人ひとりに個別的な働きをするのです。
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