夏は少しだけ、切ない季節です。
プールの塩素の匂い、夕立の湿気、日に焼けた友達の顔、あの子の真っ黒な瞳、バーベキューの炭、ビーチサンダル、溶けちゃったかき氷、食べかけのスイカ、そしてお線香の匂い……。
命の動と、黄泉の静が入り混じる季節で、大好きで楽しいのだけれど、少し切ない思いなのです。
幸運なことに、私は愛情のある家庭で育てられました。まあ、人並みに喧嘩や言い合いはあったし、いろいろな感情が渦巻いている家庭だったけれど、それでも愛がある場所でした。
また、夫の小説「うしろのおしず」に書かれていたように、父と母にはいろんなことが起こり、子どもながらに大変な思いがあったのも本当なのだけど、それでもやっぱりいい家でした。
今の医学は進んでいるからもしかしたら治るものなのかもしれないけれど、母は当時、二度と帰ってこられないのではないか、という病棟に入ってしまいました。
私は幼かったので、来る日も来る日も母が帰って来るのを待ったのだけど、その日はなかなか訪れませんでした。
当時は自分の寂しさを、まるで自分だけが抱えているように思い、なんだか誰にもその思いを話せませんでした。
寂しいと言ったら、感情がドーッと溢れてもう壊れてしまいそうだったので、私はたぶんあまり思いを出さない子どもでした。
だけど、今思うとね、その寂しさや不安というのは、私だけじゃないんですね。
むしろ大人たち、病気の母本人が一番辛かったのだと、あれから40年以上が経って、ようやくわかる気がするのです。
当時私はまだ5歳だったので、母は父と結婚してせいぜい6年半か7年しか経っていません。母はわけあって両親がいませんでしたから、父だけが頼れる家族でした。
現に母は私に「お父さんと結婚した時、お母さんはとっても嬉しくて嬉しくて。一人じゃないんだとものすごく幸せだったんだよ」と話してくれたことがあります。
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