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「錬金術、そして自然の事物に秘められた天界の贈り物」

BHのココロ
  • 2024/07/02
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今回は、9月に発行を目指している同人誌『エリクシル』に寄稿する原稿を一足先にお送りしたいと思います。これは、去年の9月に開催されたイヴェント「錬金術と植物の力」での僕の講演内容となっています。 「錬金術、そして自然の事物に秘められた天界の贈り物」 はじめに  ここに一枚の図像があります。これは中世末期からルネサンス期にはいる直前くらいの時期に成立した錬金術書に収録されているものです。さらに後代になると、錬金術書にはさまざまな図像が入るようになり、極彩色の絵も描かれています。 おそらくそれらは、王侯貴族などの高貴な人々へ献呈するために制作されたテクストなのでしょう。「どうか自分を雇ってください」という意味を込めて作られたのだと想像されます。  そうした錬金術書のひとつに、『立昇る曙』(Aurora consurgens)というテクストがあります。有名な心理学者ユング(Carl Gustav Jung, 1875-1961)も魅了され、ふかく愛した作品です。ありがたいことに、二〇二〇年に邦語の全訳が八坂書房から出版されました。 この日本語訳はひじょうに良いつくりで、英語訳やイタリア語訳など、さまざまな訳本があるなかで、おそらくもっとも優れているのではないかと思います。カラー図版が豊富で、至れり尽くせりといった内容です。  先ほどの図像はそのなかに掲載されているものの一枚です。羽根が生えた天使のような姿をしていて、しかも暗褐色の肌から、黒人女性のようにも見えます。その天使が自身のお腹を開いて、その内奥に秘められたなにかを開示しています。背後からは光が放たれ、あふれ出るパワーが表現されているかのようです。  天使の羽根はおそらく揮発性をあらわし、錬金術の操作では蒸留などをするときに上方に昇るものをイメージした表現だと思います。足元の黒い球体は粗雑な「マテリア」(materia)、つまり質料、あるいは素材をあらわします。 その深奥を開くと、上に昇っていくような光り輝く力をもった宝物が隠されているということなのでしょう。開かれたところの奥にはおそらく一本の刀剣が描かれています。  この図像は、おそらく中世末期にイタリアで描かれたものだと思われますが、ほかの錬金術書にはあまり見られない、非常に印象的な構成を見せています。だいたいヨーロッパにおける図像表現では、天使の姿は「白人」として描かれることが多いなかで、この女性らしき天使像は褐色、あるいは黒い肌で描かれていて「マテリア」を象徴しています。 その天使が、画面にむかっている観察者であるわれわれに隠されたパワーを顕示しながら跳びたとうとしているのです。まさしくこれは、「錬金術、そして自然の事物に秘められた天界の贈り物」というテーマにふさわしい図像ではないかと考えられます。 現代における錬金術のイメージ  現代に生きる皆さんが錬金術にたいしてもっているイメージというのは、じつはそんなに古い時代にできあがったものではありません。ごく最近――といっても、ここ一〇〇年や二〇〇年なのですが――のあいだに練りあげられた新しい考え方です。  文豪ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe, 1749-1832)の小説『ファウスト』には、錬金術によってフラスコのなかで「ホムンクルス」(homunculus)と呼ばれる半透明の赤ちゃんをつくっている場面があります。 こういった魔術に近い錬金術のイメージが、一般読者にとても受けたのでしょう。のちにそれが爆発的に広がって、現代のマンガや小説、ラノベ、アニメなどでよく見かける魔法のようなものが錬金術であるというイメージができたのです。  そのイメージがいつごろから出てきているか。錬金術に「疑似宗教」的な再解釈がくわえられだしたのは、じつは一九世紀半ば、一八五〇年代くらいでした。そののちイギリスでは一九世紀末のビクトリア朝時代になると、「心霊主義」(spiritualism)が大流行します。有名な「こっくりさん」の原型や降霊術などが、各地で盛んにおこなわれました。 おそらく日本にも明治時代に伝わってきたと思います。さらに占星術や数秘術などの「オカルト学」や「オカルト諸学」と呼ばれるものが、そこにミックスされていきます。そうした非常に魅力的でもある新しい運動が生まれてきました。そこに錬金術も自然とくわえられたのです。  その後、現代に生きるわれわれがひろく共有している錬金術のイメージがつくられていくなかで、非常に重要な人物として精神学者ユングが登場します。ユングという人は一九世紀末のオカルト主義や心霊主義の影響をもろに受けていた人でした。

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