「180号」
小西昭生のアクエリアスの時代を「明るく軽やかに生きる法」
~神の手ほどき~
2024年4月11日号
第180号:「イエス・キリストご自身の御言葉(3)」
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目次
【まえがき】このメルマガについて
1.愛の全体観
2.愛の厳しさ
3.愛の優しさ
4.まとめ
【あとがき】
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《今回のフォーカス》
読者の皆様、いつもご愛読いただきまして、ありがとうございます。
今回も、イエス・キリストご自身の御言葉をお伝えします。
「愛のキリスト」「慈悲の仏陀」と並び称されるように、イエス・キリストの個性を一言で表現するなら「愛」の一文字です。
なぜそうなのか?
イエス・キリストがご自身のお名前の源泉となった「キリスト」を説明するときに最初に用いたお言葉が「神は愛なり、愛は神なり」という聖句だからです。
なぜなら、人間の本質を突き詰めていくと、人間はなぜ生きているのかという「生命の問題」に行きつきます。その生命自身が愛なのです。
生命の問題が理解できると、人間同士の自他の問題に行きつきます。自他が認識されるうちは、争いが続きます。
自国がテロリストの標的になったことをさておいて、そのテロ事件の発端を戦闘状態にある敵国の仕業に仕立て上げようとしている某国の指導者がいます。
自国民の目を欺こうとしているその所業は、自他意識に凝り固まった暴論であることは誰の目にも明白でしょう。
その暴論を収めるには「神の大愛」をもってするしか無いのです。
人間意識の自他の問題を解決するには、「神の大愛」を理解するほかないのです。
その最終結論が「神は愛なり、愛は神なり」という聖句に辿り着くのです。
神の大愛を理解するには、何度も何度もの繰り返しが必要です。愛は文字や言葉では表すことが出来ないからです。
イエス・キリストご自身が仰っています。
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