【第71号】大川原 明の「アキーラ海外見聞録」2月25日発行!外務省危険度レベル3の国-レバノンの首都ベイルート市街地
昨年11月から開始した2か月2週間にわたる中央アジア、中東、エジプト、タイ周遊から無事に日本に戻ってきました。現在、中東ではイスラエルとハマスの戦いがガザ地区でおこなわれおり、イエメンやシリア、イラクなどでも内戦など政情が安定していません。
ガザ地区におけるイスラエルとハマスの紛争と並行してレバノンとイスラエルの国境地帯で、レバノンのシーア派の過激派組織であるヒズボラとイスラエルが紛争中。レバノン南部の都市をイスラエルが爆撃して、双方が応酬。
2006年のレバノン侵攻
ヒズボラがイスラエルに攻撃と侵入を行いました。これに対してイスラエル軍が7月から8月にかけてレバノン領内に空爆、侵攻をおこない、首都のベイルートの空港も攻撃対象になったので、今後、国境地帯での紛争がレバノン全土に広がる可能性があるとして、外務省は危険度レベル2からレベル3(渡航は止めてください。(渡航中止勧告))に引き上げました。
一般的な治安も
経済破綻からマイナス成長が続き、失業率は30%。国民の銃器所持率は高く、強盗や殺人、誘拐は日本とは比ではありません。レバノンは長らくオスマン帝国に支配され、帝国崩壊後にフランスの委任統治領から先の大戦下1943年11月22日に独立を果たし、第二次世界大戦後のレバノンは自由経済を採用。金融や観光などの分野で国際市場に進出して経済を急成長させました。
首都ベイルートは中東経済の中心地となり地中海有数の国際的リゾート地として、数多くのホテルが立ち並び、西欧からの観光客が多く訪れる「中東のパリ」と呼ばれるようになりました。しかし、1975年~1990年にかけておこったレバノン内戦により国が疲弊し、シリアが1990年に侵攻してレバノンは暫くの間、シリアの実質的支配下に置かれました。
その後、暫くの間は安定したものの長続きはせず、政情、経済が不安定な状況が続いています。4年前の金融危機以来、経済が破綻し、国家が崩壊状態に陥っています。
レバノンといえば日産の元会長であるカルロスゴーンが日本から密出国した後に住んでいる国。ピンク色の高級住宅街に建つ豪邸に住んできましたが、10月中旬、レバノンの司法当局はゴーン被告に対し自宅からの退去命令を出しました。
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