今回も引き続き、修行にまつわるテーマを探究していきたいと思います。
前号では、ソクラテスという稀代の哲学者の弟子としては極めて異色の経歴といえる、古代ギリシアのアテネの騎士階級の出身で職業的軍人という本来、超現実主義者であるクセノポンの描くソクラテスの人物像が、その没後400年以上も後のキリストの伝統的な教え(伝統的神秘主義)に限りなく近いものがあるという関連から、キリストが弟子(使徒)たちに請われて「祈るときは……こう祈りなさい」と言って、直接弟子(使徒)たちに祈り方と祈祷文を教える場面が記述されている、『マタイによる福音書6章6節から13節)』について説明致しました。
今号では、『魂に配慮し、善く生きる』「身体から独立した不滅の魂」という思想を体現すべく、全人生をかけて人間・哲学者として最高度に魂を鍛えて※イデアの想起(アナムネーシス)と身体からの浄化(カタルシス)を行ってきたという、プラトンが描くソクラテス像を通じて、弟子のプラトンが探究した道と、ソクラテスの求めたものを更に掘り下げて行きたいと思います。
※イデアとは、私たちの肉眼に見える形ではなく、「心の目」「魂の目」によって知覚・認識され視ることが出来る、(高次元の領域の)純粋な形、つまり「物事(あらゆる物・現象)の真の姿」や「物事の原型」として言及しています。
前号でもふれましたようにプラトンが伝えるソクラテス像は、魂の肉体からの浄化(カタルシス)を主張したり、幾何学の教育の重要性を説いたり、或いは宇宙や冥府の構造など、いわゆる神の領域について盛んに言及するなどアカデメイア的な哲学者然とした佇まいが顕著です。これはプラトンそのものが体格の優れた文武両道の人でありながら、同時に常日頃から、宇宙や神の領域としての哲学の探究に没頭する極めて思索的人物であった故に、その観点から師であるソクラテスの人物像を強く捉えたものと言えることも説明しました。
プラトンがその著述を通して伝えるソクラテスの理念を体現した言動の数々及び要旨を以下に記述します。ソクラテスの言行の数々の描写を通じ、ソクラテスの高邁な理念と人柄、そして「哲学者」としての在り方や模範及び「哲学すること」の意義が提示されています。哲学的にもまた文学としても最高峰として古来から高く評価されています。
【敬神】
ソクラテスにとっては、「敬神的であること」「人々に対してのみならず、神々に対しても不正やずるいこと、邪(よこしま)を行わないこと」が、重要且つ重大な倫理的指針であり規範であった。これは
「全ての神々に愛される、神々に対する正しさ」であり、同時にそれは、決して「神々と取引をする」ような性質のものではない。
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