今回も引き続き、修行にまつわるテーマを探究していきたいと思います。
前号では、普段私たちが何気なく使っている「自分軸」「自分の軸を持つ」という言葉について補足致しました。そしてその過程で、この耳に心地よい表現に潜む罠、陥穽について長々と解説致しました。
なぜ、特にカウンセリングの現場などでは、自己肯定感を促すように使われて、むしろ好ましく感じられるこの言葉・表現に対して、まるで親の仇であるかのように不必要と思われる程くどくその裏面・陥穽としての面に触れているかというと、その人の人生に多大な影響を与え得るカウンセラーや、スピリチュアル関係・霊的な仕事に関わる方々であればある程、この点を深く理解し肝に銘じながら慎重にこの言葉を使う必要があるからです。
誰の耳にも心地よく響く言葉であるが故に、相手の方の気分を良くすることにとても便利で都合の良い表現であるとも言え、そのためその人(相手の方)のエゴを助長することにもなりかねないこともあるからです。
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