第8回 仮想世界と現実世界をつなぐもの

前田安正の「マジ文アカデミー」
夏の眩しい光が窓の外に広がる。窓にはめ込まれた一枚のガラスが、部屋の外と中の光を分かち、熱を遮る。東京都内のマンションの一室から、窓ガラス越しに外を望む。そこから見えるのは、眩しく光る高層ビル。その奥にも高層ビル。そこに人が住んでいるのかどうか、こちらからは窺いしれない。さらに西隣に少し低いビルが並び、その西側にわずかに木の緑が盛り上がる。そして、その奥には灰色の高層ビル…。 高層ビルの杜に踏み入れた僕たちは、窓から景色を眺めることができても、窓越しに誰かと話をすることはできない。大きく開くことのない窓は、こちら側とあちら側を分ける「透明な壁」になり、外界との接触を拒む。 マンションの窓が、透明な壁になったことを認識し始めたころ、僕たちは次第にインターネットを通して、コミュニケーションを図る手段を持ち始めた。人と話をするために高層マンションのエレベーターに乗って、地上に降りる必要もない。モニターを通して相手の顔を見て、スピーカーを通して相手の声を聞く。違和感? そんなものは、最初だけ。すぐ慣れる。僕たちはあっという間に、システムを理解し、状況を受け入れる力を持つ。 遠くに住む友人ともネットを介して「会う」ことができる。映画・演劇や列車・飛行機のチケットだって、ネットで簡単に手に入れることができる。本も洋服も食料・食事も雑貨も、ほとんどの生活用品は、ネットで注文すれば届けてくれる。店に行く必要もなくなった。バーチャルな仮想空間を使えば、ネットで世界中を旅することだってできる。働き方も変えられる。会議や打ち合わせはオンラインでじゅうぶん、会社という入れ物も必要なくなるかもしれない。 それは、世界中に張り巡らされたインターネットからプレゼントされた「新しい窓」となり、外界をつなぎ、世界の距離を縮め、価値観を変えていった。手塚治虫たちが描いた未来世界の多くは、すでに僕たちの現実社会のなかに再現され始めている。
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