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週刊 Life is Beautiful 2020年12月8日号

週刊 Life is beautiful
今週のざっくばらん 自社製チップを持つアドバンテージ 先週、M1チップを搭載した MacBook Air を入手し、これをメインの開発マシンとして使い始めましたが、とても満足しています。私の場合、かなりヘビーなソフトウェアの開発をするので、MacBook Pro ではなく MacBook Air を選ぶことには若干のリスクがありましたが、まったく問題なく動いています。 私が開発に関わっている mmhmm は、バーチャル背景とビッグハンドの両方をオンにすると、背景を認識するためのソフトウェアと、手の位置を認識するソフトウェアが(両方とも機械学習を使っています)カメラから取り込んだ画像を1フレームごとにニューラルネットワークに通して処理をするため、大きな負担がプロセッサにかかります。 これまで使っていた MacBook Pro (4年前に$4,000で購入したもの)では、処理が追いつかず、処理速度は10FPS(毎秒10フレーム)程度に落ちてしまう上に、熱くなったチップを冷やすためにファンが大きな音をだして回ります。電源に繋がずにそんなことをしていたら、2時間もたたないうちに電池がなくなってしまいます。 しかし、新型 MacBook Air (購入価格 $2,000弱)は、なんの問題もなく30FPSで処理をし、本体も一切熱くなりません(ファンはありません)。電源を繋がずにそんなことをしていても、電池のゲージがなかなか減りません。 私の周りにも、新型 Mac を購入した人が複数いますが、誰もが口を揃えたように「凄いマシンだ」と言います。 Apple は、自社製チップであるM1に切り替えることにより、価格性能比と消費電力性能比の両方を同時に大幅に向上させることに成功しました。結果として、他のメーカーのパソコンと大きな差が出来てしまいました。これほどの差が一気に出来てしまったことは、パソコンの歴史が始まって以来、一度もありません。 他のパソコンメーカーは、なんとかこのギャップを埋める必要がありますが、それが簡単ではないのです。 Intel や AMD などのチップメーカーは、莫大な開発費をかけてチップを開発し、その莫大な開発費を回収するために、チップに大きなマージンを乗せてパソコンメーカーに販売しています。 Intel の場合だと、チップの祖利益率は平均で60%を超えています。特にハイエンドなチップは、最初は数が多く出ないので、 祖利益率をさらに上げて、製造原価 $100 のチップを$400 (つまり祖利益率75%)で販売したりするのです。 Apple の場合も、同じように莫大な開発費をかけてチップを開発していますが、iPhone という巨大な市場(年間2億個以上)を持つため、そこで十二分に開発費が回収できてしまいます。特に今回のM1は、iPhone や iPad Air に使われている A14 bionic チップの延長上にあるため(コアの数、キャッシュの大きさなどが違うだけで、製造プロセスは同じです)、開発費の回収はそれほど心配する必要はありません。つまり、Appleからすれば自社製チップのコストは製造原価(上の例だと $100)で入手できる部品なのです。Appleとすれば、Macという完成品として、祖利益率が30から40%稼げれば十分なのです。 MacBook Air を祖利益率30%で$1000で販売するためには、製造原価を$700に抑える必要があります。チップの原価が $100 であれば、他の部品(電池、ディスプレー、キーボード、筐体など)に $600 かけることが出来るので現実的ですが、チップの原価が $400 であれば、残りは $300 しかなくなってしまうのです。 つまり、Intel 製のチップを使い続ける限り、Apple には今回の MacBook Air のような高い価格性能比を持つパソコンを提供することは、到底出来なかったのです。60%超という高い祖利益率を乗せないと開発費が回収できないチップビジネス特有のジレンマがここにあるのです。 同じ理屈は、他のパソコンメーカーにも言えます。それはつまり、新型Macに対抗出来るパソコンを他のメーカーが作るのはとても難しいことを意味しています。他のメーカーも自社製チップを作るべきと思うかもしれませんが、莫大なコストと時間をかけて自社製チップを作れる体力を持った会社は多くないし、iPhone のような「チップの使い道」を持たないパソコンメーカーにとっては、リスクが大きすぎるのです。 Teslaも自動運転向けに自社製チップを作りましたが、これも他のメーカーには簡単には出来ない芸当です。自社製チップだからこそ、全機種にハードウェアだけ搭載しておき、そこで自動運転ソフトウェア($8,000 から $10,000 に値上げしたところ)を販売するという、祖利益率のやたらと高いソフトウェアビジネスをすることが可能なのです。 Tesla が自社製チップを搭載した自動車を売り始めたのは2019年からですが、その年の自動車の生産台数が37万台弱だったことを考えると、(年間2億台のiPhoneを生産する)Apple と比べて、Tesla が大きな賭けに出たことが良く分かります。 Teslaは、2022年には $25,000 ぐらいの一般大衆向けの電気自動車を量産し始めると宣言していますが、そこでも自社製チップが大活躍をするとでしょう。その市場に対しては、売り切りではなく、月額課金のサブスクリプション・サービスとして自動運転機能を提供すれば良いのです。ハードウェア(=自動車)を20%程度の祖利益率で大量に販売し、そのユーザーに対して、祖利益率がほぼ100%の SaaS(Software as a Service)ビジネスを展開出来るのです。 ちなみに、ゲーム機の世界では、とても面白いビジネスモデルが成立しています。ゲーム機メーカーは、ゲーム機そのものを出来るだけ安く販売し、それに向けたゲームの販売で利益をあげるビジネスをしていますが、それが NVidia などのチップメーカーのビジネスモデルとの生合成が悪いのです。そこで、彼らが工夫して作り出したのが、チップは製造原価に近い価格でチップメーカーから入手し、ゲームの販売であがる利益の一部をチップメーカーに提供するというビジネスモデルです。 これにより、ゲーム機メーカーは、ゲーム機の価格を抑えることが出来るし、チップメーカーは、そのゲーム機が市場で成功してゲームが売れると、そこからの利益が純利益になるのです。XboxやPlayStationなどのゲーム端末が、同様の能力を持つゲームパソコンと比べて大幅に安いのはそれが理由です。 そう考えてみると、自社製のCellチップを作ったソニーの久夛良木さんの行動はとても正しい戦略だったと言えます。私は彼が現役だったころ(2004年)に、一度だけゆっくりと食事をする機会がありましたが、その時に、彼がCellチップをゲーム端末だけでなく、テレビなどの家電機器に使うつもりで設計したことを聞いて驚いたことを覚えています。
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