株式会社水未来研究所

100億人に届け命の水|小規模水道・実務ノウハウ通信 #02

【1. 今週の実務ノウハウ】

「水道事業における分散型システムの導入検討手引き(案)」を読む

1. ついに国が動いた――手引き公開の意義

国土交通省は今年(令和8年)から、「水道事業における分散型システムの導入手引き」の検討委員会を立ち上げ、その成果として「水道事業における分散型システムの導入検討手引き(案)」を令和8年3月に公開しました。

人口減少と老朽化が進む日本の水道インフラにおいて、大規模集中型システムだけに依存するモデルの限界は、もはや誰の目にも明らかです。離島・山間地・過疎地域では、既存の水道網を維持することさえ困難になりつつあります。そうした現実に対し、国が「分散型システム」という選択肢を正面から取り上げ、導入の手引きを作成したことは、日本の水道政策にとって一つの大きな転換点といえます。

本稿では、この手引き(案)の構成と重要ポイントを紹介しつつ、現場に携わる者の視点から率直な感想を申し上げます。


2. 手引きの構成

本手引き(案)は、全7章で構成されています。

第1章では、本手引きの目的と用語の定義が整理されています。
第2章では、分散型システムの導入を優先的に検討すべき地域の選定方法が示されています。
第3章では、導入可能な給水方法の候補が検討され、
第4章では各給水方法の比較と、地域に適した方法の絞り込みプロセスが解説されています。
第5章はケーススタディ、
第6章は実際の検討・導入事例の紹介、
第7章では分散型システム導入にあたっての各種手続きと留意事項がまとめられています。

全体として、現場の水道事業者が実際に活用できることを意識した、実務的な構成となっています。


3. 重要ポイントを読み解く

(1) 適用範囲の明確化
本手引きは、「水道法が適用される水道事業」を適用範囲と明示しています。すなわち、現在100人未満で水道法の適用を受けていない、いわゆる小規模な飲用水供給施設は、今回の対象外です。

(2) 対象とする分散型システムの定義
本手引きが対象とする分散型システムは、「現地の水源を活用する小規模な水道施設の導入」および「運搬送水」の二つです。各戸型浄水装置や飲用井戸は今回の対象外とされています。


現地水源を使った分散型水道

運搬送水

(3) 導入優先地域の選定フロー
分散型システムの導入を優先的に検討すべき地域の選定について、具体的なフローと判断基準が、実例を交えて丁寧に示されています。地理的条件、人口動態、既存施設の状態など複数の要素を組み合わせた選定手法は、技術的にも妥当であり、しっかりとした文書に仕上がっています。


業務フロー


4. 率直な感想――評価と、一つの大きな疑問

国が分散型水道について一定の手引きを作成したという事実は、正しい方向への一歩として、素直に評価したいと思います。これまで「例外的な対応」として後回しにされてきた小規模・分散型の給水問題に、政策として光が当たったことの意義は小さくありません。

しかし、一点、どうしても申し上げずにはいられないことがあります。本手引きのケーススタディで示された新規浄水システムの事例を見ると、そのすべてが「凝集剤注入+砂ろ過(急速ろ過)」を採用しています。

これは、小規模水道の実態を考えると、非現実的と言わざるを得ません。急速ろ過システムは、日々のジャーテスト(凝集剤の最適注入量を確認する試験)をはじめとした技術的な管理が不可欠です。専任の技術者が常駐できる大規模事業体ならともかく、人口が少なく管理体制が手薄な小規模水道(今後、専門家による管理ではなく住民による自律的な管理が検討されるべき領域)において、こうした維持管理を継続的に行うことは、現実的に極めて困難です。

では、なぜ緩速ろ過や小規模膜ろ過設備が、例として取り上げられなかったのでしょうか。緩速ろ過は、凝集剤を必要とせず、日常管理が比較的シンプルで、小規模水道との相性が非常に良い技術です。本手引きが「小規模水道=急速ろ過」というミスリードになりかねない現状を、深刻に懸念しています。


5. まとめ

本手引きは、国が分散型水道に本格的に向き合い始めたという意味で、歴史的な一歩です。しかし、現場の実態に根ざした技術的多様性――とりわけ緩速ろ過や小規模膜ろ過という選択肢――が反映されていない点は、今後の改訂において必ず見直していただきたいと思います。


【2. 専門知の共有:中本名誉教授の視点】

今回の要約記事について:「生物屋の緩速ろ過池研究 その1 道具ができて研究が進む」
水道公論 2021年10月号(第57巻第10号)pp.47-53, 信州大学名誉教授 中本信忠

技術の原点を探る:温故知新の水道哲学

「古い技術」という誤解を超えて――緩速ろ過が示す、生物浄化法の現代的価値

「緩速ろ過は時代遅れだ」として1980年代、急速ろ過が主流となった水道業界でそう見なされていたこの技術に、生物学者の視点から正面で向き合った研究者がいます。信州大学名誉教授・中本信忠先生です。緩速ろ過とは本当に、「砂でこすだけの古い装置」なのでしょうか。

■ 「見えないもの」を可視化した、手作りの科学
研究の最大の壁は、道具がないことでした。そこで中本先生が選んだのは、自分で作るという道でした。手動ポンプで水を吸引し、砂を傷めずに砂面上の藻類被膜だけを採取できる装置の開発は試行錯誤の連続でした。先生は特許を取りませんでした。「世界中の水道関係者に使ってほしい」その一言に、研究者としての利他的な哲学が凝縮されています。

■ ろ過池は「天然の連続培養システム」だった
自作の道具によって定量的な観察が可能になると、驚くべき事実が明らかになっていきます。緩速ろ過池の砂面上には、糸状珪藻メロシラを主体とする藻類被膜が形成されており、これが高度な「天然の連続培養システム」として機能していたのです。その透明度は、まさに「スーパークリーン(濁度0.000度)」と呼べる状態に達するのです。

■ 浄化の本質は「食物連鎖」にある
鍵は、砂層上部で展開される「食物連鎖」にあります。藻類や細菌を微小動物が食べ、さらにその死骸もまた分解されていく。この循環が、水中の濁りや有機汚染物質を次々と除去します。これこそが中本先生の言う「生物浄化法(Ecological Purification System)」の正体です。薬品を使わず、エネルギー消費も低く、自然の力で高純度の水を生み出す価値は、今こそ再評価されるべきではないでしょうか。


【3. Q&A 現場の悩み相談】

Q. 小規模な集落用の浄水装置は、専門的な知識がないと維持管理できないのでは?

A.
維持管理を住民でも問題なく実施できるように考えながら、時にご意見を伺いながら構成を考えますので、問題ありません。使い方、メンテナンス講習でも専門用語を使わずに、皆さんの理解度を確認しながら説明いたします。


【4. 編集後記】

今年の桜の開花が始まりましたね。あと1週間から長くて10日間、いろんな桜を私も楽しみたいと思います。

今回取り上げた分散型に関する手引きは、これまでの日本の水道の無条件に近い広域化促進から、ケースによっては小規模分散が適していますよ、という「水道規模感の適正化」が少し前進した一歩だと思っています。

一方、その手引きの中で、急速ろ過ばかりが取り上げられた事実は、水処理技術の適正化にはまだ遠いという事実を示しており、まだまだ日本の水道の雪解けには時間がかかるという印象です。今後も日本の水道の明るい未来に向け頑張っていきます。